筋肉・力
Q1 | 最近食べ物が飲み込みにくくなったのですが、どうにかなりますか? |
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A1 | まずよく噛み、唾液と混ぜ、食べ物を飲み込みやすい形態(食塊)にすることが大切です。事前に固いものであれば柔らかく、大きいものであれば小さくしておく工夫もその助けになります。また、飲み込むときに使う筋肉が弱っている場合もあります。 筋肉のトレーニング方法として、「本気で10回大きく口を開ける」、または「連続10回嚥下を繰り返す」。 できれば朝昼夕とやってみてください。1ヶ月くらいすると少しずつ訓練効果がみられるようになります。 論文では、「開口筋が嚥下時に舌骨を挙上する筋肉であることを生かして、本気で口を開けることが舌骨上筋の筋力トレーニングとなり、嚥下時の舌骨挙上改善や咽頭残留減少などの結果が得られた。」という報告があります*)。 もし、唾液の量が少ない、お口の渇きが気になるというのであれば、口腔乾燥症(ドライマウス)かもしれません。こちらのQ&Aを参考にしてください。
*)Hasegawa S, Nakagawa K, Yoshimi K, et al. : Jaw-retraction exercise increases anterior hyoid excursion during swallowing in older adults with mild dysphagia. Gerodontology, 39(1): 98~105, 2022.
※参考資料 |
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Q2 | ナイトガードって何ですか? |
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A2 | ナイトガードとは、睡眠中の不随意運動(主に睡眠時ブラキシズム)による咬合力から歯、補綴装置、歯周組織、顎関節等を保護するために、夜間に装着する口腔内装置のことをいいます。 近年、ナイトガードという名称はブラキシズム(食いしばりや歯ぎしりなど)に対する専用装置の名称として使用されるようになってきました。しかし、ナイトガードには次のように様々な呼び方があります。
国内医学論文情報インターネット検索サービスの医学中央雑誌(医中誌)においては、ナイトガードはオクルーザルスプリントと同義語として検索されますが、これらの名称のスプリントは異なる用途も含んでいます。例えば、オクルーザルスプリントは顎関節症の治療や咬合の安定等の治療目的のものを含んでいます。一方で、ナイトガードは漂白や口腔乾燥予防のために薬剤を満たすフレームワークの名称としても用いられています。
ナイトガードにはハードタイプのものとソフトタイプのものがあります。
ハードタイプスタビライゼーションスプリント歯科の臨床で最もよく用いられているのは、アクリルレジン製のハードタイプのスタビライゼーションスプリントです。主に上顎に装着し、全歯列で咬合接触するものです。 スタビライゼーションスプリントは、歯や補綴装置の保護を主目的としていますが、2週間程度の短期的な睡眠時ブラキシズムの減少も期待できることが報告されています1-3)。
ソフトスプリントソフトスプリントはエチレンビニルアセテート(EVA)やオレフィン等の熱可塑性樹脂シートを加圧・吸引して製作するもので、その柔軟性ゆえに顎口腔機能系への負担を減らすと考えられていますが、睡眠時ブラキシズム等咀嚼筋の活動抑制に対する効果の発現には長時間を要し、有効性に劣ることが示されています4)。一方、ハードタイプに比べ、咬合調整(咬頭嵌合位での均一な咬合接触、ガイドの付与)・修理が困難であり、経年劣化は早く、穿孔することもしばしばあります。
1) Dubé C et al: Quantitative polygraphic controlled study on efficacy and safety of oral splint devices in tooth-grinding subjects. J Dent Res, 83 (5): 398-403, 2004. 2)Matsumoto H et al: The effect of intermittent use of occlusal splint devices on sleep bruxism: a 4-week observation with a portable electromyographic recording device. J Oral Rehabil, 42 (4): 251-258, 2015. 3)大倉一夫 他:スプリントによる睡眠時ブラキシズムに対する治療効果:予備的検討. 日口腔リハ誌, 29 (1): 21-27, 2016. 4)Okeson JP: TMD Management of temporomandibular disorders and occlusion. 5th ed. Elsevier, 2003.
※参考書籍 |
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Q3 | ナイトガードはどういうときに必要なんですか? |
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A3 | ナイトガードの咬耗による睡眠時ブラキシズムの強さと補綴装置脱落の関係を調べた研究1)では、補綴装置が脱落した患者さんは睡眠時ブラキシズムが強いほど多く、合着後早期に脱落しており、15年後の脱落率は睡眠時ブラキシズムの程度が弱い群、中程度の群、強い群の順に9%、18%、24%であったことを報告しています。 したがって、術前に睡眠時ブラキシズムの有無やその程度を精査し、重度の睡眠時ブラキシズム患者である場合は、ナイトガードを使用して積極的に補綴装置や支台歯を保護することが望ましいです。 特に多数歯の欠損を伴うブリッジの症例や、セラミック等の前装材料を咬合面に使用した症例には配慮が必要です。また、可撤性義歯の症例で残存歯が少なく義歯非装着時の咬合支持が乏しい症例では、咬合性外傷を生じる危険性が高いため、ナイトガードあるいは夜間義歯の使用が勧められます2)。 睡眠時ブラキシズムがインプラントの機械的トラブルのリスクファクターとされています3)。 例えば、オッセオインテグレーション(インプラント体と骨の結合)が獲得される前に睡眠時ブラキシズムの力が特定のインプラント体に集中すると、脱落のリスクが増加します。また、オッセオインテグレーションが獲得された後であっても、睡眠時ブラキシズムによると考えられる上部構造の破損やスクリューの緩み等の問題が頻繁に報告されています4)。 その対処法も、やはりナイトガードの使用によって過大な咬合力から歯列を守ることが中心となっています。
1)友永章雄 他:Sleep Bruxismが修復物脱落に及ぼす影響. 補綴誌, 49 (2):221-230, 2005. 2)馬場一美, 加藤隆史:完全理解!睡眠時ブラキシズム-科学的根拠に基づき、補綴臨床において何をすべきか?第2部 補綴臨床編 睡眠時ブラキシズムから補綴装置を守る. The Quintesence, 30(2): 306-326, 2011. 3)田邉憲昌:インプラントの咬合付与について:日中のブラキシズムがインプラント上部構造に与える影響. 日口腔インプラント誌, 29(2): 79-85, 2016. 4)馬場一美:インプラントの咬合付与について:睡眠時ブラキシズム患者におけるインプラントの咬合管理. 日口腔インプラント誌, 29(2):71-78, 2016.
※参考書籍 |
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Q4 | 睡眠時ブラキシズムは危険だと聞きました。そのままにしておくとどういうことが起きるのですか? |
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A4 | 睡眠時ブラキシズムは、様々な症状を引き起こす可能性があるため、注意が必要です。 睡眠時ブラキシズムが引き起こす可能性のある症状(文献1)より)
睡眠障害国際分類第3版2)によると、睡眠時ブラキシズムは『睡眠関連運動異常症』に分類され、「食いしばりや歯ぎしりあるいは下顎の強張りや突出しのような特徴のある反復性の顎筋活動」と定義されています。また、日本睡眠歯科学会では「顎口腔機能系に為害作用を及ぼす、睡眠中の持続的な、あるいはリズム性の咀嚼筋活動による顎運動(歯ぎしり、食いしばり等)」と定義されています3)。
ここで注意すべきは、睡眠時ブラキシズムは、睡眠中の生理学的咀嚼筋活動である律動性咀嚼活動(Rhythmic Masticatory Muscle Activity; RMMA)4,5,6)が基準値を超えた場合の診断名(病名)であり、現象(筋活動あるいは顎運動)一つひとつのことを指すものではないということです7)。そして、一般集団の約8%が睡眠時ブラキシズムに罹患しており、健常成人でさえ約60%がRMMAを行っていると報告されています4)。
1)中野雅徳、坂東永一:咬合学と歯科臨床-よく噛めて、噛み心地の良い咬合を目指して. 医歯薬出版, 東京, 2011. 2)American Academy of Sleep Medicine: ICSD-3 International Classification of Sleep Disorders 3rd ed. Diagnostic and Coding Manual. American Academy of Sleep Medicine, 2014. 3)猪子芳美 他:睡眠歯科の用語集 日本睡眠歯科用語検討ワーキンググループ. 睡眠口腔医学、5(1):12-15, 2018. 4)Lavigne GJ et al: Sleep Medicine for Dentists: A Practical Overview. Quintessence Publishing, 2009. 5)Lavigne GJ et al: Genesis of sleep bruxism: motor and autonomic-cardiac interactions. Arch Oral Biol, 52 (4): 381-384, 2007. 6)Rompré PH et al: Identification of a sleep bruxism subgroup with a higher risk of pain. J Dent Res, 86 (9): 837-842, 2007. 7)鈴木善貴:睡眠時ブラキシズムの基礎と最新の捉え方. 睡眠口腔医学, 3(1):10-21, 2016.
※参考書籍 |
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Q5 | 睡眠時ブラキシズムにはボツリヌス菌を打つといいと聞きました。本当ですか? |
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A5 | 無毒化ボツリヌストキシン(BTX)はボツリヌス菌が産生する複合体の毒素で、末梢部の神経筋接合部等でアセチルコリンの放出を阻害する働きにより、筋弛緩および鎮痛作用をもっています。 近年、BTXを用いた研究が数多く実施されてきており、睡眠時ブラキシズムの治療として有効であると報告されています。 ただし、睡眠時ブラキシズムの頻度が減少しているわけではなく1)、BTXの副作用である咬筋の収縮力の減弱が報告されており2)、使用には十分な注意が必要です。 1)Kumar A et al: Bruxism- is botulinum toxin an effective treatment? Evid Based Dent, 19(2): 59, 2018. 2)Shim YJ et al: Effects of botulinum toxin on jaw motor events during sleep in sleep bruxism patients: a polysomnographic evaluation. J Clin Sleep Med, 10 (3): 291-298, 2014.
※参考書籍 |
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Q6 | 歯がなくなると身体運動に何か影響がありますか? |
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A6 |
人の身体運動の中で、動きを停止するなど関節を固定したい時に、筋は等尺性の筋活動(筋力=負荷の状態)を行います。このようなとき、歯を噛みしめることによって顎の関節は固定され、この固定感が等尺性の筋活動を行いやすくさせます。 上腕二頭筋(屈筋)を例にした図
①短縮性筋活動(concentric muscle action)筋の発揮する力>外部の力 筋長が短縮する ②等尺性筋活動(isometric muscle action)筋の発揮する力=外部の力 筋長には変化が生じない ③伸張性筋活動(eccentric muscle action)筋の発揮する力<外部の力 筋長が伸ばされる
もし、歯が全部なくなると、足を踏んばる、重いものを持ち上げるなど、ゆっくりとした力発揮に悪影響がでます。また、片顎の歯列が失われた場合には、左右の平衡感覚が低下します。しかしながら、このような影響はすべての人に現れるわけではありません。というのは、等尺性筋力発揮時に噛みしめのかわりに、顎を前方位や開口位で固定する人が1/3ほどいるためです。
※参考書籍 |
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Q7 | 噛みしめると力が出るというのは本当ですか? |
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A7 |
噛みしめは静的筋力を増強し、動的筋力を低下させます。 噛みしめの筋生理学的本態は筋の共縮であるため、ウェイトリフティングの初動や綱引きのパワーホールドなどスポーツ動作において身体を固める(一定の姿勢を強く保持する)場合などの、静的筋力を発揮する時には有用です。
しかしながら、それ以外のスポーツ動作では、 1.拮抗筋を収縮させて競技スピードの低下を招く2.呼吸リズムを乱してスキルを落とす3.筋の弛緩を妨げ過緊張を誘発するなど、動的筋力の発揮にはマイナスの影響を及ぼします。
日本歯科医師会の広報誌のインタビュー記事の中で、世界陸上大会やオリンピックで金メダルをとったハンマー投げの室伏広治選手は「渾身の投げの基本は歯をくいしばらないこと」と言っています。
また、強い噛みしめは体幹の筋肉を緊張させて関節を固定するため、身体の柔軟性を低下させるということもわかっています。
他にも、噛みしめは高齢者や女性では役に立つこともあります。 詳しくはこちらのQ&Aを参照して下さい。
※参考書籍 |
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Q8 | 噛みしめが原因でどんなトラブルが起こるのですか? |
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A8 | 力によっておこるトラブルと現象は次のようなものがあります。
※参考書籍 |
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Q9 | 頬の筋肉が痛くなるのはなぜですか? |
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A9 | 閉口筋の働きの主体は、咀嚼運動と会話運動です。これらの運動に共通しているのは、閉口筋は収縮と伸展を繰り返すということです。このような筋肉の活動では疲労したり痛みを生じたりすることはありません。 一方、持続的に筋肉が収縮し続けるような状況は、生理的な機能としては想定されていません。持続的な閉口筋収縮に関する研究をみると、最大咬合力の40%の筋活動量で咬み続けた場合の限界は1.4分であるのに対し、7.5%の筋活動量で咬み続けた場合の限界は約2.5時間であるということです。さらに、前者では咬筋の圧痛は翌日には消失するのに対し、後者の場合だと翌日まで圧痛が残ります。つまり、筋の収縮が長時間化することにより筋痛が生じる可能性が考えられます。 ※参考書籍 |
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Q10 | 居眠りすると“ヨダレ”を垂れるのはなぜですか? |
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A10 |
居眠りすると咀嚼筋のなかにある筋紡錘も眠ってしまいます。そうすると、下顎は重力のため、安静位よりさらに落ちた(開口した)状態になり、嚥下機能も働かなくなります。その上、居眠り状態では副交感神経が優位になるため唾液腺の活動が活発となり、口の中で溢れた唾液が“ヨダレ”として垂れてしまうのです。
※参考書籍 |
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